※記事の内容は2025年3月末日のものです。

Culture developerson 未来の街を描き、新しいカルチャーを育む人々。

01東京サンケイビル

  • コンプライアンス部

    中島さん

  • 賃貸事業部

    横田さん

  • ビル営業部

    伊藤さん

時代を越えて受け継がれるカルチャー志向。

横田現在の東京サンケイビルは、この大手町エリアの再開発の皮切りのような位置づけで2002年にグランドオープンしました。東京都との協議や街づくりの観点から、ビルの前面に公開空地と広場を設けています。そこには赤い大きなオブジェ※があるのですが、広場に美術作品を設置することで街に潤いをもたらすというのは、当時では先駆け的な取り組みでした。
再開発の計画時には、オフィス面積を広げた方が収益的にはいいだろうという声もありました。しかし、容積率のアップを図るために事業の採算だけを考えるのではなく文化施設を設けようという話になったのです。
※アレクサンダー・リーバーマン作『イリアッド・ジャパン』1987年

中島当時の社長の「単に四角いハコを作るだけにとどめない。ここから文化や情報を発信しないと」という考えがあり、「もっと、ビルはワンダーメディアへ。」というキャッチコピーも生まれました。2002年に行われたグランドオープンのイベントで、社長が風船の中から現れるという演出に来賓の方々がたいへん驚かれたことをよく覚えています。その瞬間、まさにビルがメディアになったんだなあと感じたものです。広場の完成以来、ドラマやCM、雑誌撮影の申し込みがどんどん入るようにもなりました。

伊藤「もっとビルは、ワンダーメディアへ。」というコピーは、私がサンケイビルに入社を決めるきっかけとなった言葉であり、ずっと大切にしている言葉です。建物を建てて終わりにするのではなく、その後の運営のフェーズにも力を注ぐことでお客様に喜んでいただけるということに私はとても魅力を感じました。
サンケイビルのコーポレートコピーは時代に合わせて別のものに変わりましたが、東京サンケイビルにおいてはこの言葉が今も大切に使われています。「Culture Developer」も、根底に流れる思いは同じですね。ただ利益を上げるだけが会社じゃない。私は、そんなふうにも感じています。

横田そうですね。ハコを作って貸して利益が出ましただけではない何かがここの会社にはあります。自分たちのことを、メディアグループの都市開発部門、メディア系デベロッパーなどと表現することがありますが、いまひとつ理解が難しかった。そこへ、「Culture Developer」という言葉が生まれて、改めてサンケイビルらしさに気付いた気がしました。

東京サンケイビルが、そこに生みだした価値。

中島このビルが完成したとき、経済の波及効果が高いなと感じました。それは、どうしたらこの場所にふさわしい最先端のビルになるか、どうしたらお客様に受け入れられるかと真剣に当時の社員たちが喧々諤々と話し合った結果です。
それ以前には、休日の大手町に休日出勤者以外の方が訪れることは殆どありませんでした。文化施設が生まれたり、イベントが開催されたりすることで、人の流れが明らかに変わっていきましたね。東京サンケイビルが出来たことで大手町エリアに、それまでなかった新しい価値が生まれたと言えます。

横田大手企業の新商品発表会やフットサルなどのイベントも、東京サンケイビルの広場で行われるようになりました。それも、ここに人が集まるようになって、価値が生まれたからですね。
このビルを再開発する時のコンセプトが「100年持つビル」でしたが、今もそれはサンケイビルの文化として脈々と流れています。居心地がいいビルというか、ずっと長くいたいビルだと思っていただくため、ハードとともにサービスを提供して進化し続けていくことをいつも考えています。

中島再開発当時、BCP(事業継続計画)という概念はまだそれほど浸透していなかったのですが、このビルの地下には高スペックの自家発電機が備わっています。耐震性にしても、無停電設備にしても、当時最も進んだ技術を採用していました。

横田高スペックを評価された大手の通信事業者がテナントとしてこのビルにデータセンターを設置することになり、あらためて地域のインフラとしての重要性の高さや通信速度の速さに私たちの方が驚いたということもありました。

伊藤ビル内の共用部にもイベントスペースが複数ありまして、絵画を飾れるギャラリーや休憩スペースがあります。そういったところも含めて、ゆったりしているビルですよね。
建物を作った後、ハードの部分はなかなか変えられませんが、ソフトの部分はいかようにも変えられます。そこで手を変え品を変え色々な催事をすることで、このビルに居るたくさんの方々のオフィスライフを豊かにしていきたいと考えています。そこで、同じイベントを繰り返すというよりは、様々な催事を行うことを心がけています。

「Culture Developer」として、今後チャレンジしたいこと。

中島このビルはカルチャーを発信していく場所ということにもなりますから、私はまずテナントの企業様とカルチャーによって繋がりたいと思いました。例えば、入居されている各社の中には歌うことが好きな方々も多いでしょう。そういった方々に集まっていただき、大手町サンケイプラザで年末に第九の合唱をできたら素敵だなあとか。心をひとつに出来るような文化的な活動を企画してもいいんじゃないでしょうか。

横田フジサンケイグループは芸術活動のパトロンとして3つの美術館を持っていますが、今後さらに文化・芸術の発展に寄与していくべきだと思っています。東京都心部に美術館を持ち、街の賑わいと潤いに貢献されている企業があります。サンケイビルもフジサンケイグループの一員として、都心に美術館をつくり賑わいの創出や価値創造をしていくことも使命だと考えています。このことは私の入社以来の夢なんですよね。

伊藤私はイベントスペースを担当していますが、先輩方が築き上げてきてくださった土台があるからこそ、この事業が成り立っていると感じています。これからは、そのイズムを後輩に伝えていくことが、カルチャーの開発に繋がっていくと思います。
2023年度から、障害者支援施設の利用者様によるパンや雑貨の販売、病気の子どもたちを支援する団体のアート展示等でイベントスペースをご利用いただいています。このような社会貢献やサステナビリティを意識した活動はこれからも続けていきたいと考えています。

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